辛島文雄クインテット live at 新宿Pit inn

カテゴリー ライブレポート

癌を患いながらピアノを弾くということ

*追記:辛島さんは2017年2月24日に亡くなられました。
最後の最後までジャズ・ピアニストとして生きられました。心から哀悼の意を表します。

辛島文雄クインテット live at 新宿Pitinn

新宿ピットインに辛島文雄を聴きに行ってきました。
スケジュールには池田篤(アルトサックス)とのカルテットと告知されていたけれど、出てきたメンバーは五人、トランペットの岡崎好朗さんも入っている。
辛島さんのアナウンスによると急遽駆けつけてくれたとのこと。
もちろん飛び入り参加は大歓迎。アルトとテナーの二管になって期待が高まります。

しかし、いざ始まってみるとなんだかメンバーに元気がない。
もちろん音は鳴っているのだが、どうもおざなりというか、熱を感じない。なんだか、「張り合いがない」といった感じ。
まぁ一曲目だからしょうがないのかなと思うけど、リーダーの辛島さんのピアノが特に元気のないのが気になる。アタックも弱いし、バッキングもぱっとしないというか。岡崎さんのソロ裏なんか、手を膝の上に置いて休んだりしている。

なんだか、ちょっと不穏な雰囲気。

メンバーの表情もぱっとしないし。
楽屋で何かあったのかしらと疑いたくなるような演奏・態度でした。
二曲目に移ってもテンションは変わらず。せっかく3000円払ったのにあれだけど、こんな演奏を聴くんなら時間の無駄だから今日はもう帰ろうかなと思ったくらい。

なんでこんなにぱっとしないのか。
理由は二曲目を終えたあとの辛島さんのMCで分かりました。

「エクセキューズになるんだけど・・・」

本当に失礼ながら、僕は辛島さんが癌を患っていることを知らなかったのです。

辛島さんは二曲目を終えたところで、「こんなことはエクセキューズになるだけだけど」と断ったうえで、自分がいま抗がん剤治療の最中にあること、それが予定よりも長引いていて、今日も微熱があり手は震えるし背中が痛むんだと仰いました。

お客さんのなかには辛島さんが癌であることを承知で来ている人も沢山おられたと思うんですが(もしかしたら大半はそうだったかもしれない)、僕のように情弱な人もいたと思います。少し居心地の悪い空気が会場に流れました。考えてみれば僕は「自分は癌である」と宣言する人に会ったのさえ初めてのことでした。

それでか、とそれで僕は合点がいきました
ライブのはじめのメンバー紹介で、辛島さんは「岡崎が駆け付けてくれた」と言っていたけれど、あれはミュージシャンが飛び入り参加のメンバーに言う茶目っ気のあるクリシェではなくて、文字通り、辛島さんのソロスペースが少なく済むように岡崎さんが駆け付けてくれたのでしょう。岡崎さんのソロ裏で辛島さんが演奏の手を休めていたのも、あらかじめ岡崎さんからそのように提案してあったのかもしれません。

その岡崎さんも昨年癌を乗り越えられたばかりの方。二ヶ月ほど前に観たときにはそれこそびっくりするくらい痩せておられたけれど、今日見たところではだいぶふっくらされてきたみたいだ。
「古い付き合いのメンバーが集まってくれました。みんなのおかげでこれまで生きてこれました」と辛島さんは言い、改めてメンバー紹介を行う。

プロとしての責任

辛島さんが申し訳なさそうに自認した通り、風邪であろうが癌であろうが、プロとしてお金をとってライブを開催する以上、一流の演奏をするのが条件と言わざるを得ません。3000円といえばぼくにとってはそこそこのお金だし(中古レコードだったら3枚買える)、中途半端な演奏で許されるならピットインの昼の部で1500円のチャージでやっている若手ミュージシャンに申し訳がたたない。
そこにはプロミュージシャンとしての責任がある。残酷なようだけれどこれは間違いないと思います。100%の演奏をできる準備がないのならライブを開催するべきではないと僕は思います。

がん患者が抗がん剤の副作用をこらえてライブを敢行する。テレビならそれで番組になるのかもしれないけど、ピットインは今年で50年を迎えた日本のジャズ文化の根幹であって、そこをお涙頂戴の場にするのは、ちょっといただけない。
言うまでもなくそれは辛島さん自身も百も承知している。なにしろこの方はピットインの顔みたいな人だから。
実際、ライブ会場にはお涙頂戴の雰囲気はなかった。ただ、普段のライブにはないちょっとだけ厳かな空気があったように思います。

全体としていえば、この晩のライブは上出来とはとてもいえなかった。特に休憩挟んだ後半はどスタンダードをその場その場でやるジャムセッションとなり、完成度からいえばプロのレベルとはいえない。

でも、これこそ本当に経験を積んだミュージシャンたちの底力だと思うんだけど、3曲目だけは良かった。

とびきりよかった。

フレディ・ハバード作曲のただのブルースだったけど、2曲目までの固い雰囲気がほどけて、メンバーにも自然な笑みが戻り(きっとそれまではみなさん気を張ってらしたんでしょうね)、それぞれが音楽を楽しんでいるという確かな感触があった。
この「ほどける」感触は、これまでのライブでは体験したことのないもので、恥ずかしながらほんとにちょっとうるっと来てしまいました。
辛島さんのタッチもこの曲に限っては活力が戻り、「イェー!」という客からの喝采も上がった。

この曲で疲れ果ててしまったのか、さっきも書いたとおり、そのあとはまたぜんぜんぱっとしない演奏が続き、全体的にみれば、このライブは失敗だったかもしれません。でも、3曲目はそれを補って余りある演奏でした。

体調の悪さを述べたあと、辛島さんが、「でもこうやってピアノを弾いてると気分がよくなってくるんだよね、不思議と」と言って笑ったのが印象に残っています。

ジャズっていいなぁと、改めて思いました。

ライフワークはジャズとランニングと横浜ベイスターズ。無駄に絶対音感あり。ピアノを弾きます。

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